象の鼻テラス スタッフブログ
10/13 スペクタクルトーク レポート vol.2
10/13スペクタクルトークイベントレポートの続きです。




第二部は、南後さんから畠山さんへの質問

Q.『Scales』で、他の印刷物とは違って、実際にプリントした写真を貼った理由はなぜか?

A.デザインです。昔はオフセット印刷がなかったから、写真と文字を一度に刷れる環境になかった。古い本のようにデザインしたかった。記号です。






Q.深読みかもしれないが、急に違うサイズで、違うメディアを使って貼りつけるというのは、scaleを意識したのではないのか?

A. その通りです。壁で見る写真と本で見る写真は違う。
壁にかかっているときは身体のサイズで観察している。ある種のものとして見ている。
印刷された写真は物質性を失ってしまう。



Q.模型というものに込めている思いは?

A.現実との区別はついている。
世界が複雑で深くなってくれたらいいという意味合いで写真を撮っているのだが、
疎外の方向へ行ってしまう。写真の上で、模型の見えと現実の見えの区別ができなくなる瞬間がある。それが面白くて撮影している。
意識と事物、認識と感性はギャップがあり、時々写真の上でギャップが顔を出しているのではないか?写真の上で指摘することしかまだできていない。



Q.俯瞰、マクロ、スティルライフ(塀よりも高い位置から取る。)などアングルが徐々に下にむかっている気がするのだが??

A.距離化の地平においては同じ。人間界のあらゆるコードに立ちたいと思っている。チャンスがあれば、宇宙船にだって乗ってみたい!



Q.ジャーナリズムの記録写真の社会的使命もあるのだが、写真家による社会参加の可能性についてはどう思うか?

A.アートの社会参加なんていう前から、写真は社会参加しかしてこなかった。
過去には、写真が児童保護法の制定に役に立った例もある。
写真がアートとして扱われるようになり、盛んになったのは、80年代以降。
アート写真に限らず、ドキュメンタリー、科学写真も含めて写真というメディアを一つのアートとして考えませんか?という動きになった。


2009年の状況で何ができるのか?
一旦アートになったものを、社会参加させることはできるのか???難しいと思う。
写真を屋外に展示するということか?個人的には前向きな感情を抱いていない。
写真が一番屋外で生き生きしているのは、看板。
今世紀の屋外写真は、杉本博司の、崖に自分の作品を置いて日光にさらすもの。
フランスでは、屋外展示の写真展が増えている。
スコッチプリント→作品の集荷が必要ない。メールでデータを貰って、現地で印刷し、展覧会が終了すればそれを壊す。
この方法でほとんど写真展は行われている。(輸送費の削減)
技術時代的な写真のありようだと思うが、写真家の生存にも関わることだと思う。
雨風にさらされても大丈夫なように加工ができる→屋外に屋根を作って、展示することも可能。



その他、参加者の方からの質問もありました。
全体的には、いろいろな角度から写真、建築についてお話が伺え、内容盛りだくさんのトークとなりました。
最後に、「撮影という行為が生き延びていくかさえもわからない」という印象的な言葉を残してくださった畠山さん、
スムーズに盛りだくさんの内容をまとめながら進行してくださった南後さん、どうもありがとうございました!!

# by zou-no-hana | 2009-11-23 19:16 | イベントレポート | Trackback
10/13 スペクタクルトーク レポート vol.1
10月13日に行われた、スペクタクルトーク第二弾の南後由和氏×畠山直哉氏のレポートです。



南後さんから、
畠山さんと対談したいと思った理由が、ぶっちゃけると畠山さんの1ファンである。
師匠(田中純氏)が畠山さんにゆかりがある。
ということではあるが、今回のスペクタクル展への関わり方、そして畠山さんにどういう話を伺いたいかを説明。

まず、「スペクタクル」という言葉に対しての説明
67年:ギー・ドゥボール『スペクタクルの社会』
→否定的なニュアンス
57-72年:シチュエーショニストインターナショナル
→状況の構築、作品なき作品、非作家性 ex.パフォーミングアーツ 
2000年:デビット・ロックウェル/ブルース・マウ『スペクタクル』
→ラスベガスのホテル、日本の花見など紹介
60年代との大きな違いは、逆手にとって利用しよう!

「スペクタクル展」から、3つの事例の紹介
■フラッシュモブ
■ロワイヤル・ド・リュクス
■スペンサー・チュニック
→即興性、一時性、瞬時に解散
圧倒的な群衆の量による参加型
風景の操作→定形のデザインからオペレーションへ

シナリオだけが容易されていて、形は重要でない。

畠山さんをお呼びした理由
畠山さんのお仕事は人間不在とよく言われる。上記の参加型、オペレーションとは対極をなすのだが、(畠山氏の写真集『scales』の)巻末の文章に書いている巨大なスケールの事・物とか出来事に巻き込まれる快楽が伝わる。「スケール」という1つのメイントピックとしてお話を伺いたい。


南後さんがスケールについて考えたこと
●小ささ 所有、かわいらしさ、近づきやすさ
●大きさ 権力、畏怖、近づきにくさ、超越性 富士山、ピラミッド
距離が介在するのが大きさの特徴の一つ。
「スペクタクル展」で紹介した事例は、距離は消えてなくなってしまっている。
情報技術の発展により、
距離の喪失: google earth、ストリートビュー
建築の事例:ビルバオ/グッケンハイムM(フランク・O・ゲーリー)、
バルセロナ/水道会社(ジャン・ヌーヴェル)、
ドバイ/パームジュネイラー(海のヤシの木的なリゾート開発)
小説の事例:『この間東京でね』青木淳悟著

結果、
私たちの物のとらえ方や認識は、常にあるスケールに規定されて、初めて可能になるのではないか?スケールを介して現実を認識可能なものとするのではないか?
写真は、光の光源と凸斜面の関係で自由にサイズを変えられる。広い意味でのスケールから自由。
世界と距離、あるいは自己と距離ということを考えるときに写真を通して考えるのは、示唆的?
スケールは、サイズの絶対的、固定的とは違い、相対的で関係的なものである。






畠山さんから
人間は、特定のスケールを選択し、それとは異なるスケールを放棄している。
スケールという言葉は、英語ではいろんな意味がある:
尺度、登る(動詞)、お皿(北欧の言葉)、天秤ばかり・天秤座、鱗(古い英語)

畠山さんの作品をみながらご説明。
『ガリバーの旅行記』 ジョナサン・スウィフト作 
リリパットの国(第一章)ではガリバーは巨人、 巨人国(第二章)では、ガリバーは小人
→一章と二章でスケールが違う。
上九一色村のガリバー公園というテーマパークで撮影。閉店後、解体作業が終わり、今は存在しない。


写真を撮っていると、物の大きさにどんどん鈍感になってくる。
天秤のように、影の世界と現実の世界は普段はバランスをとっているのだが、バランスが壊れる瞬間がある。


●Canadian Center for Architecture(CCA.2万点の写真コレクション)
プロジェクト「タンジェント」
スケールに絡めて、何か新しい仕事ができないかと思っていた時に、建築模型を撮るというプロジェクトをやってみたいと思った。
建築模型の例
ベルリンの都市開発
オスカーニーマイヤー リオデジャネイロ
ルッシャン・エルメ ル・コルビュジェ
シェンチェンの建築公園
ニューヨークの建築物の模型群(栃木県東部ワールドスクエアにある)
→畠山さん曰く、世界最高水準の模型!!






写真を撮る時、レンズの向こう側のものは、現物でも模型でもかまわない。
理論的に設計されていったもの、観念が非常によく縛られているものというのは、写真にすると観念の表質のみに見えてしまうことがある。
記憶というのは、もともとサイズが無い。
写真というのは、記憶と非常に強い親和性を持っている。
一瞬しか記憶が持続しない。
映画のように記憶像を呼び出しているわけではない事、写真が未だに価値あるものとして皆に親しまれているというのは、必ずどこか関係があると思う。
現実を認識する時には、部分から始める傾向がある。


「美術作品の大多数は、縮減模型である」→文化人類学者レディー・ストロース『野生の思考』 
彫刻は時間の次元を、絵画は奥行きの次元を切り落としている。



認識と感性のバランスが必要(アーティスト)近代的な芸術家の特徴。
美と呼べない巨大なものとか恐ろしいものを心に触れる何かを呼び出す時にサブライムという言葉が使われ出した。この感覚とスペクタクルという感覚は近いものがあるのではないか?


「よく、デジタル処理をしてるのですか?」と聞かれる。
写真は1:1対応。本来のルールが崩れてきている。
映像は昔は芸術の影だった。今や観念をビジュアライズしたものになっている。
→僕は、はい。いいえ。と両方の答えを持っている。
作品の価値にとっては、デジタル処理をしてようがいまいが作品の価値は変わらないといわれ、違和感を感じた。=写真の前提がどこかで崩れ果てている。
写真の将来についてあんまり楽観的な意見を持っていない。
一番写真ぽくみえるのは、展覧会で展示した、インスタレーションの記録写真。



Vol.2へ続く・・・
# by zou-no-hana | 2009-11-23 18:54 | イベントレポート | Trackback
CREAM(ヨコハマ国際映像祭)チケット販売中!!



テラスで展示は行っておりませんが、CREAM「ヨコハマ国際映像祭2009」が、現在開催中です~
なんとっ2009年11月29日まで!!
まだ鑑賞されてない方、お急ぎください!!
ただいま象の鼻テラスでは、CREAMの当日券を販売していますよー。

一般 1300円
大学生 1000円
※中学生以下は無料です。
※チケットは、1日券となっております。
※障害者手帳をご持参の方とその介護1名の方は無料です。


実は、当テラスの窓口で買っていただけると、ちょっとした特典があるかも?!ナイショですよ。

ご購入されていない方は、是非象の鼻テラスでゲットしてください!
会場で買われるよりも、混雑せずスムーズにご購入いただけますよ~♪

CREAMのイベント情報や詳細はこちら

一日で回る方法が分からない!という声をよく聞きます。
そんな方にお勧めなのは、
住友ディレクター直伝!「ヨコハマ国際映像祭を1日で楽しむ方法」をご覧ください。 
さあっ、Check it out!!
# by zou-no-hana | 2009-11-21 11:48 | 象の鼻テラスSTAFF | Trackback
谷川俊太郎 象の鼻での24の質問№9 11/21
Q.横浜という町に必要だと思う言葉はどんな言葉ですか?

A.LOVE
# by zou-no-hana | 2009-11-21 10:52 | 谷川俊太郎 象の鼻での24の質問 | Trackback
谷川俊太郎 象の鼻での24の質問№6 11/21
Q.たったいま、あなたは三歳の子供と百三歳の老人どちらになってみたいですか?

A. 3歳
# by zou-no-hana | 2009-11-21 10:48 | 谷川俊太郎 象の鼻での24の質問 | Trackback
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